父の急逝から2週間2

 

|実家|・ω・`)ノ ドモ

 

職場の方々や、親戚・家族を含め、私にとっても

あまりに突然のお別れで未だに受け入れることができません。

 

さかのぼること約1か月前、

やや風邪気味かな?と言った感じで、

市販の風邪薬を飲みながら通常通り、仕事に行っておりました。

 

これまで病気等は一切無縁の父でしたので、

年齢(57歳)のせいだろう、と軽く冗談を言ったりしていました。

 

3月末、あまりに高熱(39.9℃)が続く為、

近所の内科の受診を勧めたところ、インフルエンザとの結果。

 

特効薬・タミフルを処方されますが、

既に発症から48時間以上経ってからでは効果は期待できません。

仕方なく解熱剤と水分とで看病しておりました。

 

しかし、事態は急変します。

全身に紫色の発疹が出ており、非常に苦しそうだった為、

日曜日の午前中でご近所にご迷惑だろうと思いましたが、

何か起こってからでは遅いと判断したので、

やむを得ず、救急搬送をお願いしました。

 

すると、救急搬送先の病院で5本点滴しただけで、

何故か帰宅命令を受けてしまいます。

 

本人も苦しそうで座ることもままならない状態なのに、

『ベット数が足りませんし、まだ年齢もお若いので、

入院させる訳にはいきません』とのこと。

 

若い研修医だったのでしょう。

しかし、この時に無理やりにでも入院させておくべきでした。

 

4月3日、相変わらず紫色の発疹が身体全体に出たまま、

高熱は治まってきたものの、依然として全身が痛そうでした。

 

正午頃、おかゆを口にし、これまでの睡眠不足と

過労の為か、4~5時間睡眠を摂っておりました。

 

これまで、ろくに睡眠も取れておらず、

ようやく落ち着いてきたのだろう、と思っておりました。

 

しかし、事態は悪化していたのです。

今まで両手足の発疹は、実は蕁麻疹で、

両手足とも紫色から黄色へ変色していました。

 

既に呼吸不全に陥っており、すぐに救急搬送して頂きました。

すると、医師から衝撃の一言。

 

『かなり重篤な状態です』

 

単なるインフルエンザかと思いきや、

父はいつの間にか、ウィルスに侵されていた様です…

 

何故、傍に居た私が気付いてあげられなかったのか、

何故、一昨日、帰宅命令を出されたのか。

 

自分の至らなさに後悔の念が込み上げてくると共に、

病院に対する不信感も募りました。

 

しかし、こうなってしまった以上、最大限の努力を

して頂くしか方法はありませんでしたので、

すべてを医師・看護師の方々に託し、

ただただ、父の体調が回復するのを祈るばかりでした。

 

4月3日午後10時過ぎ、ようやくICU(集中治療室)にて

施術して頂ける状態になり、ホッと一安心しました。

 

しかし、依然として予断を許さない状態です。

人工呼吸器で強制的に呼吸させている状態で、

既に植物状態に陥っている様でした。

 

そのまま病院の待合室にて一夜を明かし、

落ち着いてきたようでもありましたので、

一時帰宅し、それぞれ順番に休憩しよう、

と解散すると同時に病院から一本の電話が。

 

『もしや…』

 

予想は的中しました。

昨晩までは呼び掛けに腕を上げて応じてくれていましたが、

今朝はもう…・゚・(ノД`;)・゚・

 

必死に呼びかけてみますが反応なし。

血圧・脈拍共に低下し、人工呼吸等、

あらゆる手を打って貰いますが、

そのまま静かに息を引き取ってしまいました。

 

享年57歳、還暦祝いをそろそろ…と思っていた矢先のことで

もう言葉が出てきません。

もうホントに交通事故にでも遭ってしまったかのように

あっという間に逝ってしまいました。

 

1人で思い悩んでいたことも、相談に乗ってあげることができず、

ただただ、後悔しかできませんでした。

 

母も弟も私も、父と話し足りないことばかりで、

しばらく泣き伏せることしかできませんでした。

 

病院側としては、原因不明と言うことで、

司法解剖の提案を受けましたが、

これ以上、身を粉にして支え続けてきてくれた

父の身体を傷つけて欲しくありませんでしたので、

お断りしました。

 

これからのことを考えると、同じ様な病状で亡くなる

患者さんが一人でも少なくなれば…とも思いましたが、

父のあまりに苦しそうな最期を前にしては、

断る以外の選択肢はありませんでした。

 

午後からは落ち着きを取り戻し、

通夜・葬儀の手配を始めました。

 

その際にお世話になったのが、

いい葬儀 です。

全国の葬儀屋さんの中から、

予算・プラン等を様々提案してくれます。

 

私はまだ持病もあり、普通ではなかったので、

この時ばかりは弟に任せました。

我が弟ながら、ホントに頼りになりました。

何よりも心強かったです。

 

また、年度初めの平日で忙しい時期であるにも関わらず、

親身になって駆け付けてくれた親戚の方々にも

感謝の念が絶えません。

 

亡くしてから気付くモノ、今回ばかりは痛切に感じました。

しばらく、手続き祭りで更新が滞りますが、

何卒ご容赦下さいます様、お願い申し上げます。

 

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